2022年10月28日にAmazonプライムビデオにて配信開始された『仮面ライダーBLACK SUN』第1話(監督:白石和彌 脚本:高橋 泉)をレビュー
『仮面ライダーBLACK』。
仮面ライダーファンなら誰もが認める名作と言っても過言ではない。初代『仮面ライダー』のリブート作にして、物語を通して仮面ライダー同士の戦いを描いたエポックメイキングな作品でもある。
そんな名作を、30年もの時を超えてリブート。
仮面ライダー生誕50周年を迎えた2021年4月に、50周年記念プロジェクトの1つ(全部で3つ。他は劇場版『シン・仮面ライダー』とアニメ版『風都探偵』)として発表された時には、大きな話題となった。
ただし、不安もあった。根強いファンも多い名作なだけに、下手な焼き直しはマイナスにしかならないことが容易く予想できたからである。むしろ触れない方が良いのではないか? そんなタブーに触れるような危険な役(監督)として白羽の矢を立てられたのは、特撮は本作が初めてという白石和彌監督である。『凶悪』や『孤狼の血』など、現代社会の闇を描くことに長けた監督が撮る『BLACK』とはどのようなものになるのだろう?
期待と不安の入り混じった第1話がついに公開された。ネタバレも含むが、最後までおつきあいいただければ幸いだ。
キャスト
ここでは第1話のキャストをご紹介する。
ただし、かなりの人数であるため、個人として役名、役柄を与えられた方のみの記載となったことはご容赦いただきたい。
南 光太郎:西島秀俊
秋月信彦:中村倫也
ビルゲニア:三浦貴大
和泉 葵:平澤宏々路
ノミ怪人:黒田大輔
バラオム:プリティ太田
井垣 渉:今野浩喜
小松俊介:木村舷碁
川本英夫:山本浩司
川本莉乃:内田 慈
和泉美咲:占部房子
小松佐知:並木愛枝
小松茂雄:野中隆光
黒川一也:川並淳一
秋月総一郎:上川周作
南 光三:前原 滉
ゴルゴム警備怪人:松浦祐也
クモ怪人:沖原一生
トゲウオ怪人:西本竜樹
ハエ怪人:大津尋葵
南 光太郎(幼少期):岩田琉聖
秋月信彦(幼少期):鈴木奏晴
ババア:竜 のり子
おじい:五頭岳夫
ネズミ怪人:甘南備和明
警官:大友 律
記者:若林秀敏
教師:下 あすみ
バス乗客1:松永拓野
バス乗客2:髙木直子
老人:和田正弘
0歳の葵:新島理香子
創世王(声):宮園拓夢
ニュースキャスター(声):佐藤アサト
仁村 勲:尾美としのり
堂波真一:ルー大柴
コウモリ怪人:音尾琢真
ビシュム:吉田 羊
ダロム:中村梅雀
光太郎と信彦
物語は、小学生くらいの二人の少年が二つのベッドに横並びにされているシーンからスタートする。
手術だろうか。だが、穏やかではない。お互いの名を呼び合う二人。一人は痛みに耐えている。見れば、腹を開かれているではないか。なのに麻酔さえしていないし、そもそも手術室と呼べるような場所とも思えない。なんとも異常な光景だ。
部屋の奥にある保管庫の中で、温度管理をされながら厳重に保管されていた一つの石が取り出される。ツルッとした石ではない。ゴツゴツとしていて、まるで小さな隕石のようなその石は、力を加えると、ちょうど中心あたりから真っ二つに割れてしまった。
その片割れを少年の腹に入れる。入れているのは彼らの父だ。祈るように、縋るように、その石を息子の体内に埋め込む。
悲鳴が響き渡る。
この二人の少年の名は、南 光太郎と秋月信彦。
ブラックサンとシャドームーンという、二人の改造人間が誕生した瞬間だ。1972年、今から50年前の出来事である。
そして2022年。
二人はどちらも暗がりの中にいた。
南 光太郎は、激シブだが、くたびれた感じもするおじさんとなっていた。それはそうだろう。1972年の小学生が50年の時を経ているのだ。仮に1年生だったとしても、56〜57歳ということになる。そのため、『仮面ライダーBLACK』における南 光太郎を期待してはいけない。笑顔が弾ける爽やかお兄さんの雰囲気は微塵もない。借金の取り立てなどの汚れ役をして生計を立てている様子。仮面ライダーどころか、北野 武監督の映画でも観ているような気になってしまう。夢も希望も感じられないが、自由気ままではあるかもしれない。
一方、秋月信彦は牢獄にいた。立ったまま、両腕はキリストのように鎖で壁に繋がれ、身動きが取れない様子。伸び放題の髪の毛は、ここに繋がれて相当な年月が経過したことを示している。ただし、若い。少なくとも光太郎と同じ年には見えない。その秘密は、食事として支給されている“ヘブン”というゼリー状の謎の物体にありそうだ。
このヘブンは本作のキーアイテムの一つである。
牢獄にありながら毎食ヘブンを与えられている信彦に、食事を運んでいる職員が嫉妬する場面がある。ヘブンの希少性がよくわかる描写である。
こうして、改造されて50年の時を生き抜いてきた二人の姿が明らかとなる。さて、この世界で彼らにどんな運命が待ち受けているのだろう。
“KAIJIN”
ホモ・サピエンスたる人間と怪人。そんな二つの種族が存在する世界が本作の舞台だ。
怪人は、KAIJINという名称で世界的に認識されている。“SUSHI”、“TSUNAMI”、“KAWAII”、“O・MO・TE・NA・SHI”などに続く世界共通語(?)なのである。ただし、怪人は世界各国に存在するわけではないらしい。ほぼ日本にしか存在しない理由は物語後半で明らかとなる。
仮面ライダーシリーズで怪人といえば、蜘蛛男や蝙蝠男といった、あからさまな異形をイメージするが、本作における怪人たちは、もちろん怪人態にもなれるが、普段は人間と変わらぬ姿で生活を送っている。それは怪人たちが改造されて生み出されただけではなく、それぞれに繁殖しているから、でもある。要するに、単に人間に動植物の機能を植え付けられたというのではなく、遺伝子レベルで違う人種となっているのだ。肌や瞳、髪の毛の色が異なるのと同じ、というと語弊があるかもしれないが、生まれながらにそういった特性を持ったマイノリティという言い方はできるだろう。
そしてこの怪人と人間との共存関係について激しい対立が起こっている。
人間との共存を訴える怪人たちと、怪人との共存を拒む人間たち。話し合うのではなく、街頭デモでそれぞれの言い分を拡声器でぶちまける。怪人として生まれてしまった者たちは、この国での人権を主張しているだけだ。一方で人間たちは「危険そうだから」という決め付けだけで、その人権すら奪おうとする。その醜さは、どちらが上か。
そのデモの最中、人間たちと怪人たちとの間で、つまらないいざこざが起こる。人間に罵られたことに腹を立てた怪人の一人・ハエ怪人が、変身して人間に襲いかかったのだ。
そこでパニックになった警官の一人が、周囲の静止を振り切って発砲してしまう。怯えたハエ怪人が許しを乞うも、既に平常心を失っている警官は執拗に発砲を続け、ハエ怪人は命を落としてしまう。さらに深まる人間と怪人との間の軋轢。冒頭から社会派・白石和彌監督らしい世界観に飲み込まれる。
また、登場する怪人も、従来の仮面ライダーシリーズのような生体兵器というよりは、人間以外の動植物の素養を併せ持って生まれた人間という設定のためか、怖さや不気味さは割に薄い。スズメ怪人なんてなんとも間抜けな存在が登場するところからして、コアなシリーズファンほど違和感を覚えるかもしれない。
それどころか、いかにも被り物然としたマスクには、2022年に発表された作品とは思えないほどのチープさも漂う。このあたりについては賛否分かれるところだろう。
和泉 葵を巡る戦い
本作のヒロインが和泉 葵である。
人間と怪人の共存を呼びかける若き活動家として、国連の大舞台で、怪人と呼ばれる存在が、いかに普通の人間と変わらない存在であるかについて語りかけ、「人間も怪人も、その命の重さには1gの違いもない」と締め括る。その堂々たる姿は、スウェーデンの若き環境活動家グレタ・トゥーンベリさんを連想させる。
しかも口だけではなく、実際に彼女は人間とか怪人とか言った括りは無しに、誰とでも分け隔てなくつきあうことができた。それが災いして、彼女は怪人との共存に反対する者たちに目をつけられてしまう。通っている学校の前で拡声器による誹謗中傷を受け、おまけに命まで狙われてしまう。
その汚れ役に選ばれたのが、南 光太郎である。
行きつけの古いたばこ屋、と言っても、たばこを購入するわけではなく、汚れ仕事を斡旋してくれるギルドのような存在なのだが、そこの婆さんから回されたのが、葵の殺害であった。
そしてもう一人、葵に注目している男がいた。
それが、総理大臣・堂波真一である。
国民の支持も高い様子だが、『BLACK』でお馴染みの3神官やビルゲニアを配下に、ゴルゴム党を従え、日本の政治を牛耳っている。この、人が良さそうに見えて実は悪党という登場人物は、白石監督が好んで取り上げる要素であるように思う。白石監督の『凶悪』に登場するリリー・フランキーさんや『死刑に至る病』に登場する阿部サダヲさんなどを見ても、それは明らかだろう。私にとっては未だに「トゥギャザーしようぜ!」のイメージしかなかったルー大柴さんが、このいやらしい男を見事に演じている。
堂波が葵に注目したのは、上述した国連での「人間も怪人も、その命の重さには1gの違いもない」という発言。この一言に聞き覚えがあったらしい。すぐに葵の誘拐指令が下される。命を狙う者と、その身を確保しようとする者。どちらに転んでも葵は無事では済まないだろう。
初めての戦い
同級生の小松俊介と共に下校中の葵。その後を尾ける光太郎。人気のないところで始末しようというつもりか。
すると葵の前に、一人の男が立ち塞がる。
男の顔は見る見るうちに歪み、身体からは複数のひょろ長い脚が飛び出す。
クモ怪人だ。
デザインは新規に改められているが、『BLACK』の第1話に登場した怪人だ(もっと遡れば、『BLACK』がリブートした初代『仮面ライダー』でも第1話の怪人は蜘蛛男だった)。
予想外の出来事に戸惑う光太郎の目の前で、クモ怪人に襲われ気絶してしまう葵。倒れた葵に歩み寄り、葵の命を奪おうとする光太郎だったが、胸元に光るネックレスを見て、その手が止まる。
ネックレスの先端にあったのは小さな石。
50年前、光太郎と信彦の腹の中に埋め込まれた石にどこか似ている。
倒れた葵の前で逡巡している光太郎に、クモ怪人が襲いかかる。振り下ろした腕が、光太郎の背中に突き刺さる。いや、正確には突き刺さったように見えたのだが、そうではなかった。光太郎の姿が徐々に変わりはじめる。
それはバッタの怪人。だが、本作公開以前から発表されていたBLACK SUNのデザインとは異なる。より生々しいバッタであり、両の肩甲骨のあたりには折り畳まれた脚のようなものまである。まるで羽のようにも見え、天使や悪魔を想起するが、天使のような神々しさは皆無だ。堕天使とか悪魔と言ったほうが妥当だろう。
仮面ライダーBLACKも、変身のプロセスの中で、一瞬、リアルなバッタの顔を見せていたが、あれに相当するのかもしれない。それだけでなく、これまでにも『真・仮面ライダー序章』などで、こういったリアルなバッタをイメージしたデザインがあったが、本作のデザインは間違いなく白眉だ。
悪の秘密組織に無理矢理人体改造を施された悲劇のバッタ怪人が組織を裏切り、人間の自由のために戦う『仮面ライダー』という作品を観た時、他の怪人たちは一様に醜悪(ダメという意味ではなく、いかにも悪役然としているという意味)なデザインであるのに対し、バッタ男だけが何故カッコいいデザインを与えられたの? という疑問は、誰もが一度は抱くものだろう。それはもちろん主人公だから、と身も蓋もないような答えしか浮かばないのだが、前述した仮面ライダー真は、ヒーロー感をほぼ削ぎ落としたデザインで、その疑問に真っ向から答えたかに見えたが、本当にただの怪人でしかなく、ヒーロー性は薄かった。しかし本作のバッタ怪人は、生々しい昆虫感を全面に出しながらも、きちんとカッコ良さも滲ませている。本当に上手い。
本作初のバトルシーンでは、クモ怪人の腕をへし折り、突き刺し、はらわたを引きずり出し、最後は首をはねるという、ニチアサでは絶対に見られない演出でトドメを刺す。そこにはヒロイックさの欠片もない。ただ怪人たちが、あらん限りの暴力を振るい合っているだけだ。だが、本作の雰囲気にはこちらの方がしっくり来る。
クモ怪人を倒した光太郎は、そのまま葵を抱き抱え、葵と一緒にいた俊介を置き去りに何処かへ立ち去ってしまう。
一方、変身した光太郎の影響か、牢に繋がれた信彦にも異変が起こる。
鎖を断ち切り、こちらもまたバッタ怪人に変身する。姿形は瓜二つだ。
看守の命を一瞬で奪い、先述したヘブンと呼ばれるアイテムを倉庫からごっそりと持ち出し逃亡する。やはりこのヘブンには何かある、ということは誰の目にも明らかだ。
創世王とヘブン
今さら言うまでもないことだが、本作は『仮面ライダーBLACK』のリブート作である。『仮面ライダーBLACK』は、南 光太郎(ブラックサン)と秋月信彦(シャドームーン)という二人の男の運命を描く物語であり、“創世王”と言う存在を巡る物語でもあった。
『BLACK』では最終盤までその正体が明かされなかった創世王だったが、本作では第1話からその姿を明らかにしている。
それはカラカラに干からびた巨大なバッタの化け物で、自ら動くこともできないようだ。『ドラゴンボール』に登場した最長老をふと思い出す。全身にチューブを繋がれ、青い分泌液をビーカーに抽出されている。
この分泌液こそが、本作のキーアイテム・ヘブンを作るために必要なものらしい。倉庫からヘブンを奪った信彦の話によれば、怪人がこれを摂取すれば、傷はたちどころに治り、若さも維持されるというスーパーフード。つまり、同じ年であるはずの光太郎と信彦の老け具合がまるで違うのは、ヘブンを食べていたかどうかの違いだったのだ。怪人たちにとってのスーパーフードを供給し続けるだけの創世王とは、まるで女王蟻のような存在であるに違いない。
だが、その女王蟻のような創世王の命は尽きかけていた。次の創世王を求めるのは当然の流れだろう。しかも、それを求めるのは怪人たちばかりではない。総理大臣である堂波もまた、それを求めていた。どうやら裏の資金源であるらしい。
次の創世王を見つけなければ、やがて滅びてしまう怪人たちと、金づるを失う総理大臣。いずれにしても創世王の後継者探しは両者にとって必須事項であるのだ。
怪人を忌み嫌う者。怪人として生きていくしかない者。怪人を利用する者・・・。
怪人というマイノリティを巡る、黒く、昏い物語は、こうして幕を開ける。
ひたすら重苦しい。果たしてこれが仮面ライダーなのかどうかもよくわからない。しかし、同じくAmazonプライム独占だった『アマゾンズ』も、我々がよく知る仮面ライダーとは異質な雰囲気があったことを思い出す。
この第1話から、ところどころに伏線は張られている。家族の食卓で交わされる何気ない会話の中にも、それはさりげなく用意されている。それらが今後の展開にどう結びついていくのか、そして、リブートされた『BLACK』の世界がどのような結末を迎えるのか。それはここからのお楽しみである。
まずは、安易に仮面ライダーらしさをトレースせず、自分なりの世界にまで昇華させた白石監督に敬意を表したい。作品全体の評価は、ラストまでお預けとする。
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。
\ 僕と握手! /