1967年12月17日放送『ウルトラセブン』幻の第12話「遊星より愛をこめて」(監督:実相寺昭雄 脚本:佐々木 守)をレビュー
ウルトラシリーズの最高傑作と名高い『ウルトラセブン』。全49話が放送された中で、永久欠番となったエピソードがあるのをご存知だろうか?
それが第12話。
私がウルトラシリーズを視聴するために愛用しているアプリ「TSUBURAYA IMAGINATION」でも、ウルトラセブンで検索すると、第11話の後には、しれっと第13話が表示される。『ウルトラセブン』が放送されたのは1967年のことだから、本記事執筆中の2022年11月時点で既に55年もの月日が流れているのに、未だ公式に観ることはできないのだ。まさに封印されたエピソード。
特許も著作権も、権利者の死後50年で消えてしまうというのに、たかが特撮ヒーローの1エピソードが55年を経てもなお公開が許されないと聞けば、さぞ酷い内容なのだろうと推察されることと思うが、今、見返しても、むしろ『ウルトラセブン』屈指のメッセージ性の強いエピソードであることがわかる。
そこで今回は、この幻の第12話をレビューしてみたい。最後までおつきあいいただければ幸いだ。
キャスト
ここでは第12話のキャスト(オープニングで役名が確認できた方のみ)をご紹介する。
なお、以下で使用している画像は全て『ウルトラセブン』から引用している。
キリヤマ
中山昭二
ダン
森次浩司
アンヌ
菱見百合子
フルハシ
石井伊吉
ソガ
阿知波信介
アマギ
古谷 敏
ウルトラセブン:上西弘次
ナレーター:浦野 光
血と腕時計
ある日、宇宙をパトロールしていたアマギとソガの二人は、いつもより高濃度の放射能を観測する。それは宇宙のどこかで起こった大爆発の影響だったのだが、そんなことを知る由もない二人。報告を受けたウルトラ警備隊の面々も、大した違和感を覚えることもなく、右から左へ流されてしまう。
その後、東京で若い女性ばかりが突然昏倒し、やがて死亡してしまうという事件が多発する。
パッと見、貧血にも似た症状なのだが、調査の結果、白血球が欠乏していることがわかる。まるで“原爆症”のようなこの症状にかかった若い女性たちには、一つの共通点があることがわかった。
それは、同じ腕時計を巻いていたこと。
メーカーどころか、どこで販売されているのかさえ不明なこの時計は、調べてみると、“スペリウム”という地球には存在しない金属製であることがわかった。しかも内部には、結晶化した白血球が収められている。白血球を結晶化する技術も、当時の地球には存在しない。ウルトラ警備隊はただただ困惑してしまう。
その頃、アンヌは高校時代の友人・早苗と再会していた。この早苗役は『ウルトラマン』でフジ隊員を演じた桜井浩子さん。ウルトラシリーズのヒロイン初共演の瞬間であり、桜井さんはこれで『ウルトラQ』から3作連続で出演されている。ミス・ウルトラと呼んでも良い。
そんな早苗が恋人からもらったという腕時計。それは、例の腕時計だった。
そのことを知ったアンヌは、早苗と、その腕時計をプレゼントしたという恋人・佐竹に、入手先などについてやんわりと探りを入れるのだが、中途半端にはぐらかされ、不信感を抱く。
さらにその直後、とある事件が起こる。早苗の弟・伸一が突然倒れてしまったのだ。症状としては貧血のようなものだったらしいのだが、伸一は早苗の腕時計をこっそりと身につけていたのだ。次々に倒れる人たち。その腕に巻かれた同じ腕時計。貧血。全ての点が線となって繋がる。
スペル星人の野望
実はこの腕時計には、装着者の白血球を採取する機能があったのだ。これを作ったのはスペル星人。母星でのスペリウム爆弾の実験でばら撒かれた放射能に血液が汚染されたため、その代わりとなる血液を求め、地球へとやってきたらしい。先日、アマギとソガが観測した放射能は、このスペル星人が起こした爆発によるものだったのだ。
腕時計を使って白血球を採取するスペル星人たちがターゲットを若い女性に絞ったことには、ドラキュラ伝説に近いものを感じる。子どもを産むことのできる女性の血の方が、男性よりも生命エネルギーがあると信じられていたのかもしれないし、昔から処女の血というのは、神聖な儀式には不可欠な要素となっている。一方で、童貞の血が重要視される儀式など聞いたことがない(私が知らないだけ、ということはあるかもしれないが)。
ところが、結晶化した白血球をチェックしていたスペル星人たちは、これまで見たこともないような純度を持つ血に巡り会う。それが伸一の血である。
これによって、若い女性よりも子どもの血の方が価値があると理解したスペル星人たちは、ターゲットを子どもへと切り替える。心臓の鼓動だけをBGMとした暗がりの中、顔だけがライトアップされたスペル星人たちが「子どもの血」についてうっとりとした笑顔で語り合う様は、なんとも不気味だ。血に弱い私などは、こうして血の話ばかり書いているだけで気分が悪くなっているというのに。
スペル星人たちは、早速、子どもたちを誘き寄せる。ロケットの絵を描くだけで腕時計(宇宙時計という、いかにも子どもたちが飛びつきそうなネーミングが見事)をプレゼントするという企画を新聞広告で告知する。腕時計を大量にばら撒いて、子どもたちから大量の血液を採取しようというのだ。狙い通り、子どもたちが我先にと押し寄せる。だが、ウルトラ警備隊に勘付かれたことで、自らのアジトを爆破し、自らの本性を晒すのだった。
その姿は、まさしく異形。
能面のように表情のない顔。青白い肌。マネキンのような飾り気のない姿が、却って薄気味悪さを強調している。さらに全身の至るところにケロイド状の大きな傷があるのだが、これが放射能汚染によるものなのだろう。
セブンとの戦いでは、投げられたアイスラッガーを機敏に避けてしまったりと、見た目からは想像できない強さを発揮。円盤との共闘によってセブンを苦しめるが、円盤が破壊されてしまった後は、再びのアイスラッガーで真っ二つにされてしまう。
今回のアクションシーンは、いつもの流れるようなものとは異なり、ストップモーションを駆使して短いアクションを繋いで見せるような演出が目立つ。これはどうも、スペル星人のデザインに不満を抱いた実相寺監督が特撮シーンを少なくしたことが原因のようだ。少ない素材を編集で繋いでそれらしく見せたのだろうが、それがむしろ印象深い。まるでトンネルの中のように全てを黒く染めてしまうオレンジ色の夕焼けが、ラストシーンの余韻をさらに深くしている。
騙されていた早苗を気遣い、「あれは夢だった」と慰めるアンヌに、「いいえ。あれは現実」と毅然と答える早苗。
「地球人も宇宙人も信じ合える日は近い」という最後に残されたこのメッセージには、国も政治も超えて、世界中の人々が手を取り合うことのできる未来への期待が込められているように思える。総じて素晴らしいエピソードである。
封印を解け
しかし、冒頭で述べた通り、このエピソードは現在封印されている。
その理由はウィキペディアなどに詳しいが、簡単に書けば、スペル星人の別名を「被爆星人」とする怪獣カードが存在したことで、「被爆して身体にケロイドを負った人が怪獣扱いされてはたまらない」といった批判を受けたことがきっかけとなったらしい。当時は新聞報道されるなど、かなり大きな問題となったようだ。非常にセンシティブな問題であることは確かだが、作品を実際に観てみれば、そこに流れているのは被爆者への揶揄ではなく、核兵器に対する畏怖である。
実際、その怪獣カードを雑誌の付録にした小学館に抗議文を送った中島龍興さんも「番組を見ずに抗議したのは大きな問題だった」とのコメントを残している。
素晴らしい作品がこのまま埋もれてしまうのは残念でならない。
誤解はあったかもしれないし、誤解がないようにできなかった非はあるのかもしれない。しかし、残酷な現実を突きつけるからこそ理解できるものというのは確実にあるのだ。「子どもは『アンパンマン』でも観ておけばいい」なんてのは、子どもをバカにしている行為にすぎない。子ども時代にこそ、こういったメッセージ性の強い作品に触れて、想像力を養うことは大切なことだと思うのだ。
とはいえ、今さら『ウルトラセブン』を全話視聴したいなんて子どもたちは希少ではあるだろうが、そういった子どもたちにこそ、クリエイティブな感性が宿るような、そんな気がするのだ。音楽を志す人たちが、今さらビートルズを聴くように、名作と言われる古典には、時代も世代も軽々と飛び越える魔力と、普遍の真理が眠っているのだ。
55周年を迎えた今だからこそ、この第12話の封印解除を心より願っている。
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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