【書評】『岩田さん』|任天堂の社長になった天才プログラマーの思考回路

雷堂

岩田聡さんをご存知だろうか?

ゲームファンにはお馴染みの名前だと思うが、『ゴルフ』や『バルーンファイト』、『Mother2』に『スマッシュブラザーズ』といった名作ゲームの数々を作り上げてきた稀代のプログラマー。さらに42歳という若さで、あの任天堂(ゲーム業界の重鎮にして、それまで同族経営だった大企業)の代表取締役に大抜擢されたという方だ。

ファミコン世代の私にとってはヒーローの一人。

残念ながら2015年に55歳という若さでこの世を去ってしまわれたが、その岩田さんの言葉をまとめた『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日刊イトイ新聞・編)』という本をご紹介する。

2019年に刊行され、Amazonレビューでは2021年2月時点で500件超のレビューが寄せられている中、5点満点中4.7点という高評価を得ている本。私もつい先日読み返したばかり。何度読んでも色褪せることの無い素敵な本だ。

目次

岩田聡さんとは?

画像引用元:ニンテンドーダイレクト

1959年12月6日に北海道札幌市で生まれた岩田聡さんは、大学卒業後に入社したHAL研究所で33歳にして代表取締役に就任。当時、15億円もの負債を抱えていたHAL研究所をわずか6年で立て直したその手腕を買われ2000年に任天堂に入社。その2年後、42歳という若さで任天堂の代表取締役に就任し、2015年にお亡くなりになるまで第一線で大活躍された方である。

経歴だけ見るとバリバリのビジネスマンといった雰囲気だが、実は生粋の技術者。それも凄腕のプログラマーとして、数々の名作と呼ばれるゲーム開発に関わってこられた。

例えば初期のファミコンソフト『ゴルフ』で、ボタンを1回押すとバックスイングを開始し、2回目にボタンを押すタイミングでショットの強さを決定し、3回目にボタンを押すタイミングで球の曲がり具合を変えることができる”ボタンを3回押してショットする”という今のゴルフゲームの基礎とも言うべきシステムを組み上げたのが岩田さん。

つまり、みんな大好き『みんゴル』も、岩田さんがいなければ生まれていなかった、と言えるかもしれないのだ。

さらに有名なのは、スーパーファミコンの名作RPG『Mother2 ギーグの逆襲』における逸話だろう。開発に4年もかけた上、暗礁に乗り上げていた本作を「今あるものを活かしながら手直しする方法だと2年かかります。イチから作り直して良ければ半年でやります」と宣言し、その言葉通り、半年で大枠を完成させたというエピソードを知らないゲームファンは少ないはずだ。

任天堂の代表取締役に就任すると、経営者としても辣腕を奮う。「ゲーム人口を増やす」ことを目標に掲げ、プレイステーションなど競合機種とはまるで違う方向性を見せた異色のハード「ニンテンドーDS」「Wii」で世界を席巻。

昔は、「大人がゲームをする」というのは、ちょっと恥ずかしいことと認識されることが多かった。今のように、老若男女を問わず、声を大にして「ゲームが好きだ」と言えるのは、岩田さんの功績だと言えるかもしれない。

2011年からは、岩田さん自らがユーザーに向けてダイレクト(直接)に新作ゲームのプレゼンをするNintendo Directを開始。「直接!」というお約束のポーズで登場する岩田さん。任天堂ほどの大企業の社長が、新型ハードの発表ではなく、新作ゲームの情報を発信するためだけに、自ら最前線に立ったのだ。しかも他社の新作ソフトまで。

例えるなら、Appleのスティーブ・ジョブズがiPhoneの他社製アプリのためにプレゼンをやるようなもの。会社という枠を軽々と超え、全てのゲームとクリエイターに対する”愛”を感じずにはいられない。

後にニンテンドースイッチで、岩田さんの命日である7月11日に日付をセットし、この「直接」のモーションをすると、先述した『ゴルフ』をプレイできる隠しコマンドが発見され話題になった。愛される経営者だったことを示す素敵なエピソードだ。

岩田聡とスティーブ・ジョブズ

本書はそのタイトル通り、岩田さんが生前に語った言葉の数々を寄せ集めたもので”岩田聡 語録”とも呼べるものだ。ただし、単なる名言の羅列ではなく、学生時代から任天堂の社長になるまでに考えていたことや実践されてきたこと、仕事に対する考え方が垣間見える言葉などを、それぞれに選り分けてまとめられている。

ゲーム機の歴史を変えたと言っても過言ではない、ニンテンドーDSとWiiが誕生する際のエピソードなども収録されており、ゲームファンにも興味深い内容になっている。

ビジネス書としての側面もあるが、凡百の自己啓発本のような内容とは違う。そういった本にありがちな強い刺激によって、やる気を瞬時に奮い立たせてくれるようなものではなく、読んでいるうちに内側からじんわりと力が湧き上がってくるような本である。

例えるなら、おばあちゃんが、その温かい手で、そっと指先を包んでくれながら昔話を聞かせてくれているような雰囲気。岩田聡さんという方の背中を間近で見ていた人が「こんなことがあった。こんなこともあった」と微笑みながら語り聞かせてくれる、そんな本。押し付けがましさは一切ない。

それに加えて親交の深かった宮本茂さん(マリオやゼルダの生みの親)とコピーライター・糸井重里さんのお二人が、それぞれに岩田さんとの想い出を綴っておられるのだが、そこから滲み出る人柄の良さもまた魅力的。

同じ経営者として名高いスティーブ・ジョブズに関する書籍のほとんどが、ジョブズの”尖った感性”ばかりを取り上げていたのとは対照的。

そして、知名度の高さも対照的だ。

ジョブズを知らない人はいなくとも、岩田さんを知らない人は意外に多い気がする。任天堂もAppleも、知らない人はいないほどの大企業なのに。

ここで本書から少し抜粋する。

プログラムというのは、純然たる、純粋なロジックなので、そこに矛盾がひとつでもあったら、そのシステムはちゃんと動かないんですね。

機械の中で間違いは起こらないんですよ。間違いは全部、機械の外にある。だから、システムが動かないとしたら、それは明らかに自分のせいなんです。

引用元:岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた

プログラムのことを話しているのだが、岩田さんはこの考え方を人間関係に対しても当てはめていたそうだ。つまり、相手に自分の言いたいことが伝わらないのは、自分がその相手にとってベストな伝え方をしていなかったからだ、と。”システム”という言葉を使っているが、”会社組織”とも言い換えられる。

HTMLやJava、Rubyなど様々なプログラム言語があるように、様々な人がいる。それなのに、一つの伝え方だけで全ての人に理解してもらおう、なんてことはそもそも無理なこと。モノには言い方があり、それは相手によっても変わる(変えなければならない)ということを、プログラムという具体的な例によって再認識させてもらえた。

こういった考え方からわかる通り、岩田聡さんというのは”まとめ役”というイメージが強い方だ。「俺について来い!」というカリスマではなく、みんなをまとめて誘導していくリーダー。

このタイプの違いが、先ほどのジョブズとの違いかな? と思う。上手なまとめ役よりも、尖った天才の方が目を引くのだろう。やはり人は、強いリーダーに憧れる気持ちが強いのだ。

しかし、そういったカリスマ性のある強いリーダーには誰でもなれるわけではない。他の人より少し先を見通すことができる目や感性といった天賦の才も少なからず必要だし。

もちろんもう一方のまとめ役も誰でもなれるわけではないが、真似できる部分はカリスマよりも多いはずだ。本書は業種・職種を問わず、組織をまとめていくためのヒントに満ち溢れた本でもあるのだ。

面白く生きるためのヒント

最後にもう一つ本書より抜粋する。

仕事はやっぱりたいへんだし、嫌なことはいっぱいあります。きっと我慢もしなきゃいけません。ですけど、その人にとって「仕事がおもしろいかどうか」というのは、「自分がなにをたのしめるか」という枠の広さによってすごく左右されると思うんです。

考えようによっては、仕事って、おもしろくないことだらけなんですけど、おもしろさを見つけることのおもしろさに目覚めると、ほとんどなんでもおもしろいんです。

引用元:岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた

仕事についてのお話だが、人生にも当てはまるお話だ。誰といたって、どんな環境にいたって、どんなことをしていたって、楽しいだけのことなんて存在しない。

自分自身の枠を広げて、一見つまらなさそうなことの中にキラッと光るものを見つける努力をして、それを楽しむ。これこそが仕事を、そして人生を楽しんでいくことに繋がると思うのだ。

きっと誰もがどこかで気づいているのに忘れがちな、こんな普遍の真理をふわりと伝えてくれる本書なのだが、おそらく任天堂という会社やゲーム業界に関心が無い方の目には触れにくいのではないだろうか?

しかし、それではあまりにも勿体ない。

ただの偉人伝ではなく、きっと会社組織に所属した人なら誰もが何かしら引っかかる言葉に巡り合える、一流のビジネス書でもあるのだ。日本の経営者というと、すぐに松下幸之助氏などが思い浮かぶと思うのだが、そういった強烈なカリスマではないにせよ、岩田聡さんという、こんなにも素晴らしい経営者がいらっしゃったということを、仕事に悩む全ての方だけでなく、人生を楽しみたいと考える「大人も子供も、おねーさんも(糸井重里さんが書かれた”Mother2″のコピーより引用)」読んで頂きたい一冊だ。

雷堂

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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